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Flower of life

映画をよく観てます

しゅうまつがやってくる

 

 さきほどのエントリーですっかり弱気な雰囲気を醸し出していたわたしなのですが、F氏とそれとは別件で電話連絡をして他愛もない話をすることで、わたしをすっかり覆っていた弱気ムードが徐々に晴れ、通常のテンションに戻りました。やっぱり人間は一人じゃ生きられないんだなというのと、人間って単純(私が?)なんだなというのを思いました。誰かと違う話をするだけでも心が軽くなるのだから、何かの重圧に押しつぶされそうで苦しんでいるひとがまわりに弱音をはいてまわるのも、無理のない話ですね。

 

 べつにわたしが弱気になっていたことに特別たいそうな理由はありません。年末から体調不良が度々あるので、それを気にしながら生活をするストレスと、人質事件の心苦しさと、卒業旅行で海外に渡航する不安がないまぜになった結果だと思います。体調不良は今度会社の健康診断があるのでそのとき相談するかな~と思うんですが、体調悪いときはそうやって医者にかかることを考えるのに、時間がたったり薬を飲んだりすると治るので、健康状態に戻るとなんだか医者にかかるほどでもないなと途端に面倒になりはじめるのです。実際、病院にいくほど深刻なものでもなく、ただ食べ過ぎたりへんな食べ方をするとたま~に胃が痛くなるってだけで、病院にいっても胃薬もらうのだろうなと思い、市販の胃薬をのんでいます。これで治るから薬ってすごいよね。

 人質事件は、ほんとうに殺されてしまったニュース(ほんとうかは定かでないですが)をみてから、心苦しさが勢いを増しました。ひとがころされた、ということに関してすごくリアルに感じているのはおそらく、自分がこれから何か国か卒業旅行で訪れるため、他人事ではないと思えるからなんだと思います。いままで殺人のニュースをいくらみても怖いねというだけで、ここまで心苦しくなったことはなかったのは、きっと自分が切り離して考えていたからなんでしょう。薄情です。

 

 

 どうしてこんなに争いや悲しいことが絶えない世界なんでしょう。いまとんでもない綺麗ごとを何も知らない頭についてる軽薄な口から吐いたということは自覚しています。わたしはニュースをあまり見ないし、日本の政治にすら興味を示していなくって、全然なにもしらないし知ろうとしないような自分中心の人間です。そんなやつにこんなことを言う資格はない、まったく内実の伴ってないということはわかるんですが、それでも平和を望んでやまないです。

 アホみたいな見解なんですが、なんでおなじ人間なのになかよくできないの?尊重しあえないの?どうしていつも誰かがしぬ結末を人間自らが招くの。己の信じるものを他人に押し付けるな、思い通りにならないことを暴力で片付けようとするな。

 日本はもう二度と戦争に加担しないと信じているわたしがどうか正しかったと言える未来がきますように。日本だけじゃなくてほかの国も、もうやめたらいいのに。なんの事情もしらないから、なにも口出しできはしないんだけれど、ひとがしぬことはやめてほしい。

 平和ボケした国で蝶よ花よと育てられたわたしのお花畑のような戯言はそういうことの渦中にいるひとびとにとっては唾吐きものなんでしょう。そしてわたしには力がないので、やっぱり、わたしとわたしの周りの人が健康で豊かな暮らしが送れれば、それで文句はありません。世界が地獄の底におちたとしても、わたしとわたしの大切なひとたちが無事で楽しくいられるなら、ほかにはのぞみません。

 結局そういうものなのです。世界の平和をささやかながらも祈りつつ、自分の生活を地に足つけていきていくことしかできないのです。まあつまりなにがいいたいかというと、つまらないことで弱気になるな、ということですね。

 

 

おわり